始まりました、【新刊選】。安易な名称ですが、新幹線のようにいち早く、各月のおすすめ新刊の選定(新刊選)を行うシリーズです。
特に注目の一冊をメインに、おすすめの新刊本を全部で5冊紹介していきます。
今回は、2019年も押し迫る12月の新刊をピックアップしていきます。めちゃくちゃ注目のSF小説に、めちゃくちゃ話題の作家同士の対談本の文庫化が行われたりと、積読本が増えていきそうなラインナップです。
テッド・チャン『息吹』
映画『メッセージ』という作品はご存知でしょうか。『息吹』は、『メッセージ』の原作である『あなたの人生の物語』を著した人としても知られています。実は、この本が翻訳されたということで、SFファンの間では歓喜の声が上がっているのです。そんな興奮の渦に皆さんを巻き込めればと思います。
以下、大森望による『息吹』の「あとがき」を大々的に参考にしています。ちなみに、その「あとがき」は、早川書房公式のnoteにて公開されています。
参考 テッド・チャン『息吹』ついに発売! 翻訳・大森望氏によるあとがきを公開しますnote
『メッセージ』のメッセージ
地球外生命体との接触を描いた『メッセージ』は批評家などによる高い評価を得たこともあり、盛況を博しました。
コミュニケーションを取るという行為を通じて、言語に始まり、人生というものについて、深く考えさせる映画でした。
しかし、この映画には、別の軸がありました。それは、主人公は自身の未来が分かってしまっているというこです。実に凄惨な未来でした。やがてきたるべき悲しみを前にして、主人公はどのような選択をするのか、これを通じて描かれるものが、『メッセージ』のメッセージでした。
テッド・チャンが描こうとするもの=自由意思
テッド・チャンの作品群は、深い哲学的洞察に貫かれています。その1つが、『メッセージ』の元となった、『あなたの人生の物語』に色濃く表れていました。つまり、自由意思の有無に対する考察です。
自由意思の擁護は哲学の歴史そのものだった
「自由意思」。これは、哲学の歴史において、最大の難問の1つです。哲学の歴史は、ある面で自由意思の擁護-否定の歴史であったともいえるほどです(特に、いかに擁護するかが重要になる。なぜなら、少し考えてみると、人は自分たちの自由意思を否定する方が合理的に思えてしまうからです)。
人はみな、自分の行動はすべて、自分で律することができていると考えがちです。そういうものを日常的思考としておきましょう。自由意思の否定とは、日常的思考の誤謬を指摘することです。
自由意思は簡単に否定できる
生理現象について少し考えてみれば分かります。便意や尿意などに、困らせられたことはないでしょうか。僕などは、お腹が弱いので、急な便意がしょっちゅう襲ってきて、日常に支障をきたすこともあります。これに限らず、人は多くの時間を、生理現象に割かれています。自分の意志に反して。
とはいえ、まぎれもなく生理現象は、私たち自身の体が引き起こしていることです。しかし、もし自分の体を完全に律することができるのなら、私は便意に困らせられることはないはずです。これも、自由意思の否定の1つの例でしょう。(ちなみに、この例は「自己」の定義の仕方と関わっています。これについては省きます。)
テッド・チャンはこう語る
テッド・チャンが考えようとしているのは、もちろんこんなお下品な自由意思の否定ではありません。では何か。
テッド・チャンは、インタビューでこんなことを言っています。
最大の問題は、未来についての情報を得られた場合、人間がどうふるまうかだ
『SFマガジン』2010年3月号
自分の未来が決まっていて、それを知ってしまっていたらこう考えないだろうか。「未来が決まっているなら、私の1つ1つの選択は、私が自分の意志でやっているように見えて、実のところ、未来に(あるいは超越的な何かに)選ばされているだけなのではないか」と。
まさに、自由意思が問われている現場です。テッド・チャンは、『息吹』でも、この難問と直接対峙することになります。
『息吹』がいかに注目されているか
さて、それでは僕の言葉は以上にして、ここでは『息吹』どれほどの注目度なのかを、とにかく伝えられるだけ伝えていきましょう。
寡作にして、賞を総なめ
何よりも、大森望さんの「あとがき」を読むと、『息吹』を読みたくなること間違いなしです。
著者のテッド・チャンにとっては、第1作品集『あなたの人生の物語』以来、17年ぶり2冊目の著書。(・・・)23歳のときに書いた「バビロンの塔」で1990年に商業デビューして以降、現在までの29年間に出した本は、本書を含めてわずかに2冊。(・・・)全部で18篇の中短篇しか発表していない。なのに、ヒューゴー賞、ネビュラ賞、シオドア・スタージョン賞、星雲賞など世界のSF賞を合計20冠以上獲得。短篇一本書くだけで世界中のSF読者のあいだでセンセーションを巻き起こすのはこの人くらいだろう。
テッド・チャン『息吹』ついに発売! 翻訳・大森望氏によるあとがきを公開します
著名人のツイートを紹介
これほどの絶賛は無いと言っていいほどの絶賛。影響力のある批評家、佐々木敦のツイートです。
SFファンなら言わずと知れた飛さんによるツイートです。「感動をもたらす傑作」とのこと。
ちょっと趣向が違いますが、人気作家(と一言でいうには忍びないほど素晴らしい作家)、柴崎友香さんも『息吹』についてツイートしてました。
本屋さんのツイート
これでもかというほどの平積みです。ここまでのものは、村上春樹ぐらいしか思いつかない。