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『メッセージ』の原作『あなたの人生の物語』を読んで

SF作家として有名なテッド・チャンが書いた『あなたの人生の物語』は、映画『メッセージ』(英語タイトル:Arrival )の原作として知られています(作家のテッド・チャンは、新作『息吹』が刊行されたことで話題になりましたね)。

『メッセージ』を観て以来、気になってはいましたが手を付けられずにいたので、この度の流行りに便乗して、原作『あなたの人生の物語』を読むことにしました。

今回は作品の内容を順序立てて紹介することはせず、「もし地球外生命体が地球に来たら」という所から物語を派生させて考えてみたいと思います。

「言語分析」という選択

この短篇作品の特徴は、「ヘプタポッド」(七本脚)と呼ばれる 地球外生命体の使っている言語の実際的な分析にあります。

色々なテーマが作品の途中で伏線として出てくる作品であり、かつ『あなたの人生の物語』に記されたように「あなたの物語」が常に作品の全体を覆ってはいますが、作品の描かれた状況としては「地球外生命体が地球に来た」という非常事態に変わりありません

そのような状況下で、人間は、彼らが地球に来た目的を知り、現実的な対処をしなければならず、「言語の分析を始める」というのがこの作品のベースとなっています。

とても当たり前の対応のように感じた読者もいるでしょう。しかし、「 地球外生命体が地球に来る」という「もし」の話を考えた時、こうした「実際的な言語分析」を通じて、現実の緊急事態を対処するというのは、どれだけ現実的でしょうか。

考えてみれば、ドカンとその母船にミサイルを打ちこめばいいと思う人もいれば、人間をいくらか生贄に捧げてみよう、などと考える人もいるはずです(そういった作品もあるのかもしれない)。

とはいえ、 地球外生命体の急な到来を前にして、「彼らの要求は何だろう?」と冷静にならざるを得ない人類がいることも可能性の1つとして考える必要があります。

地球外生命体が何らかの目的をもって地球にあらわれるということ―それは「もし実際に起こったとしたら」という妙にリアルな緊張感をもっています。

作品で語られていることではありますが、もし本当に地球外生命体が地球に来た場合、彼らの目的を知ることは容易ではありません。何らかの「交渉」なのか、あるいは「忠告」なのか、彼らは「友好関係」を築きに来たのか、それとも「宣戦布告」なのか…。

未知の生き物が「来る」ということ

少し冷静になって「地球外生命体が地球にやってきた」ことを考えてみると、「それは非常に危うい」と感じた人も多いはず。それを踏まえると、この『あなたの人生の物語』には、その始まりから「ある違和感」があります。

それは彼らが「襲撃」しに来たわけではない、という前提からスタートしているということです。

未知の生き物が「来る」ということは、もちろん何らかの目的があって「来る」わけですが、それが資源や土地の奪取なのであれば、襲撃、いわゆる奇襲という手段もあり得るわけです。

ことの始まりから、襲うこともなく、また特に要求することもないという不思議な場面設定に少々戸惑いを感じた読者もいるのではないでしょうか。

未知の生き物が「来る」ことは何を意味するのか、その部分を突き詰めると、この問題は様々な可能性を持っていることが分かります。

もしヘプタポッドの「言語の分析」が叶わなかったら?人類は次のような選択をとったかもしれません。

「沈黙交易」(Silent Trade)という選択

「われわれ」とは違う「それら」との関わりを考えた時、「言語の分析を行う」ということがいかに微妙な状況で成り立っているのか、「沈黙交易」の実態を知ることで見えてきます。

沈黙交易(Silent Trade)は世界中に見られる交換の一形態として有名で、その名の通り、「沈黙のままに物の交換を行う」ことを指します。

ある村の人々にとって、隣村は未知の世界であり、内の世界ではなく、外の世界でした。そうした外界とのコミュニケーションは時に危険で、予想が出来ないものだったと言われています。

この沈黙交易では、物を村の「境界」とされている場所に置き、そのお返しとして物をもらうことで成立します。

沈黙交易には色々なシチュエーションがあり、日本では、山の民が「山の幸」を、海の民が「海の幸」を沈黙交易を通じて交換することで、両者が衝突するのを防いでいたという文献が残っています。

先代から続く慣習などによって、その形態にはさまざまなパターンがありますが、本質的に言葉を交わさないこともあったといわれており、手話などのボディーランゲージで意思の疎通を図っていたともいわれています。

参考 【第16回】座敷童子、沈黙交易、象徴交換奥野克己のホームページ

ネガティブな「他者」との関わり

こうした沈黙交易では、「他者との関わりが時に危険である」可能性を認めて、最小限の関わりをもつことで、お互いを刺激し過ぎない関係を維持してきたと解釈することができます。

他者との衝突をなるべく防ぐために「物」を交換するのですが、そこにネガティブなイメージがまとわりついた時、沈黙交易は発生する可能性があるのです。

もし地球外生命体が地球にやってきたら―その可能性を考えた時に、言語の分析を行える状況というのは、ネガティブな他者のイメージを持ちつつも、ポジティブなイメージを期待していなければ成立しないことが分かります。

その視点から見てみると、『あなたの人生の物語』における言語の分析は、他者とのコミュニケーションの一つの形態であり、さらに「いざとなれば攻撃する/されるかもしれない」という、危うい状況下の中で行われていたことが分かってくるのです。

別の「交換」の可能性を考える

他者との関わりが危険だと思いつつも、そこに友好関係を築きたい場合、われわれは別の交換の可能性も考えるはずです。

先ほどの沈黙交易はなるべく関わりを持ちたくない場合でしたが、『あなたの人生の物語』のように他者が内の世界に侵入してきた場合、どのような方法があるのでしょうか。

もちろん他者をもてなすことによって、その場を乗り切れる場合もありますし、色々な交換を試すことも可能性としてあるでしょう。

贈り物を与えることもあれば、一緒に酒を飲むということもあるかもしれません。うまくいけば、仲良く関係を続けられるかもしれませんね。

「受け取れない」ということ

しかし、もし仮に贈り物を受け取ってもらえなかった場合はどうなるでしょうか。また食事や酒を頂かなかったとしたら?事態は悪化するかもしれません。

他者とのコミュニケーションには常にこうした不安がつきまとい、「拒まれる」という事態も想定しておく必要があります。だからこそ、交換はなるべく最小限にし、また慎重でなければならないのです。

こうした交換の種類やリスクなどをふまえて、ヘプタポッドが地球に来ることを想像してみると、そこにはさまざまな混乱が発生することが予想されます。

改めて『あなたの人生の物語』を考えてみると

改めて『あなたの人生の物語』を考えてみると、他者との関わりをもつ際に発生する不安は描いているが、コミュニケーションの方法(さまざまな交換)や人々に発生する混乱といった部分は特に描いていないことが分かります。

著者は、さまざまな可能性の中から、「言語の分析」に踏み切るための条件を整えて、その上で「あなたの人生の物語」を書いたのかもしれません。

あるいはその逆で、「あなたの人生の物語」を書くために「言語の分析」をする必要があったのでしょうか。

もし後者だとすれば、テッド・チャンは「あなたの人生の物語」のアイデアをはじめからSFの世界に見出したのではなく、日常生活における「他者とのコミュニケーション」の中から見出していたのかもしれません。

色々な「他者」との関わりの中で、他者と関わり自分が変わっていく「感覚」を、より伝えやすい形として「言語の習得」に変化させ、そのきっかけをSFの世界で描くことで「あなたの人生の物語」がもつインパクトを最大化したのではないでしょうか。

身近な他者との関わりを直接的に描かず、ヘプタポッドとの関わりを描くことで、他者とのコミュニケーションが拓くポジティブな部分を著者は伝えたかったのかもしれません。

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