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これから読書を始める人におすすめの「本についての本」

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ここでは、本(読書、文字)についての本を紹介していきます。特に、これから読書を始めたいと思っている人や、もっと深い読書をしたいと思っている人に読んでほしい本を紹介していきます。王道のものから、隠れた名作まで、できるだけ内容のかぶらないものを紹介しています。

ピエール・バイヤール『読んでいない本について堂々と語る方法』

実にいかがわしい。著者は外国人だし、「なんでこんないかがわしいものを翻訳した」、みたいな感想を持つのもわかります。実際、僕もそうでした。本屋に行くたびに目に入っては、「こんなずるいハウツー本は読まんぞ」と、何度同じ言葉を繰り返したことか(心の中で)。

僕がこんなに葛藤したのには、そのタイトル(と、それに反発しようとする本好きとしてプライド)によるものもあるけど、もっと問題だったのは、この本が「ちくま学芸文庫」というレーベルから出ていたことです。

本好きにとって、筑摩書房の「ちくま学芸文庫」というレーベルはとても信頼がおけて、毎月そのレーベルの新刊を楽しみにするもの。有名な哲学者の翻訳本があったりもする。

この事情を知ると、僕が葛藤した理由もわかるんじゃないだろうか。が、読んで僕はとても感心した。すごくまじめで、本質的な本だった。読書をする人間にとって、この本で言っていることは、常に念頭に置かなくてはならないと強く思った。

詳しくは読んでもらわないとここで紹介する意味もないので、簡単に。つまりここで言っているのは、ある本(自分が持っている本や、今読んでいる本)が、どこにいるのか、その全体の中での位置を知らなければいけない、ということです。もし、このことの意味を深く知りたいのであれば、ぜひ読んでもらいたい。実をいうと、この本は、読書の本についての本というのに収まらず、物事を批評するための矜持や、もっというと、人生論としても読めるのです。

吉本隆明『真贋』

もし、この記事を読んでいる人が若い方だったら、吉本隆明という名前には馴染みがないでしょう。しかし、彼は戦後日本きっての思想家、詩人、批評家です。そして、『キッチン』などの吉本ばななの父親です。

「真贋」

つまり、本物と偽物。この本では、吉本隆明が真贋の見極め方を分かりやすく、かつ、はっきりと提示してくれます。定義めいたものをここで書くこともできるのですが、それはやめましょう。ただ、それは、何も難しいことではなく、普段の読書の方法を少しだけ拡張したものでしかない、ということをだけ、ここに書いておきます。

巨人の思考の一部をのぞくことができる、読書初心者おすすめの一冊です。

千葉雅也『勉強の哲学 きたるべきバカのために』

この本は、広く勉強というものについて書かれたものです。確かに、読書と勉強とは違うものです。しかし、この記事を読んでいる多くの人は、「読書を始めよう」と思っていることでしょう。つまり、いつの間にか本が好きになっていた、というよりは、何かそこに価値があると思って取り組む読書だと思います。そういう仕方での読書はある意味何を読むにしても、勉強に似てくるものです。

この本では、確かにどう勉強するか、ということが語られています。しかしそれは、この本の文脈においては、「読む」とはどういうことか、ということと本質的なかかわりがあります。「読む」ことはどういうことかについての問いは、読書についての哲学的な問いと重なってきます。読書について哲学的に考えることで、普段の読書が一層深いものに変わることでしょう。

最後に、この本によると、勉強することによってあなたは「キモく」なります

中島敦『文字禍』

中島敦と言えば、『山月記』が特に有名です。あの短い物語の中にあれほどの力を宿すことへの驚きとともに、文字というものの奥深さ、計り知れなさに目もくらむばかりです。

あれほどの物語を書ける人ですから、文字に対する洞察も素晴らしいものがあります。その一端を垣間見れる傑作が『文字禍』という物語です。とても短い物語なのでさっと読めるのですが、読後には、普段接している文字に対する見方が変わることでしょう。

ちなみに『文字禍』は、青空文庫でも読むことができます。青空文庫については、こちらもぜひ。

ショーペンハウアー『読書について』

こちらは、読書好きたる者その名を知らぬものはいない、と言っていいほどの名作です。

冒頭、およそこんなことが言われます。読書をするということは他人の頭で物を考えるということであり、読書をするときホッとするのもそのためだ、と。

耳の痛くなる言葉です。しかし、真摯に受け止めなければいけません。もしかしたら、本を読んでホッとする(実存的な安心感)という感覚はまだわからないかもしれません。ただ、今のうちに言わなければいけません。本を読んで(無意識に)安心感を感じている、ということに気が付かなければ、その読書は、あるいは身を滅ぼす読書に反転してしまいかねないのですから。

最後に-読書論は人生論

おわりに、この記事を書きながら考えたことを記して終わりにします。それは、本についての本(ちなみに『本についての本』という本もあります。これもおすすめ)や読書論は、自然と人生論としても読めるということです。それはつまり、読書という営みが、人生と深くかかわっているということでもあるのでしょう。

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